第35回とまりぎインタビュー:阿部 成子さん【地域復興からアメリカへ!震災バネに、輝け東北!】

2019年10月30日

皆さん、こんにちは!トビタテ7期生の梅木です。
今回は”震災バネに、輝け東北!”をテーマにアメリカに留学した阿部成子さんをインタビューさせていただきました!!
「被災した私ができることは何か」常に自問自答を繰り返し地域復興の活動に取り組んでこられた阿部さん。
留学で得た学びと今後のビジョンについて語っていただきます。

 

地域復興とわたし

梅木:本日はお忙しい中ありがとうございます!東北地方で活躍しておられる阿部さんのお話をお聞きしたかったので、すごく楽しみです!

阿部:こちらこそよろしくお願いします!

梅木:阿部さんの留学テーマは“教育・地方創生・文化交流の3つの観点から防災について学び活動して、日本の防災や災害支援について見つめなおす”だとお聞きしたのですが、このテーマで留学しようと決めたきっかけはありますか?

阿部:そうですね。海外に興味を持ったきっかけは東北震災後に東北の学生がアメリカで受けられる研修プログラムに参加したことです。渡米する前は海外で自分が活躍する姿はイメージできなかったのですが研修に参加した後に海外で活躍することも視野に入れるようになり、今は外語大に通って外国語をより専門的に学んでいます。

梅木:渡米が大きなきっかけになったのですね。大学では学問以外に課外活動もされてましたか?

阿部:しています。外語大に入学後プロジェクトMを立ち上げました!

梅木:プロジェクトM!! 是非、詳しくお聞かせください!

阿部:プロジェクトMは東日本大震災の教訓と共に、復興へ進む東北の今を発信する活動を行っています。主な活動としては被災地ボランティア等勇志活動への企画運営協力、地元企画の学生向け被災地ツアー企画などしています!

 

プロジェクトMが開催した三陸町ツアー時の写真
※プロジェクトM主催の南三陸町ツアー時の写真

梅木:プロジェクトM素敵ですね。僕の地元の一部も昨年震災にあったので、すごく活動に興味があります。その活動を通して相原さん自身に何か変化はありましたか?

阿部:はい。地域で活動をしていくことで地域復興に情熱を注ぐ方々と交流をする機会が増えました。交流していく中で自分と彼らとでは視座が違う、そう実感しました。

梅木:視座ですか?

阿部:そうです。皆さん東北というフィールドだけではなく、県外や海外でも既に活動していていろんな角度から東北の課題に取り組んでいたんですよね。それを知った時、自分も東北だけではなくグローバルな視点で地域復興について思考を深め、その知見をプロジェクトMに還元したいと考えました。

梅木:その経験がトビタテ応募に繋がったわけですね。

 

 

「ありがとう」私の経験、永遠に

梅木:留学中はどんな活動をされていましたか?

阿部:社会学やツーリズムなど大学の講義で、語り部の活動について話をさせてもらったり、日本語補習校でボランティア活動もさせていただきながら、自分自身の被災した経験をお話させていただきました。

梅木:外国で自分自身の経験を話してみて何か感じたことはありますか?

阿部:自分自身の語りを終えた後、アメリカの人たちは「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」って言ってくれたことが嬉しかったですね。

梅木:ごめんねじゃなくて、ありがとう?

阿部:語り部って、話す側よりも聴き手側の方が気を遣ったり精神的にしんどい思いをさせることもあるんですよね。被災者である私たちが語り終えた後、「つらい経験の話をさせてしまってごめんね」と謝ってくれる方は少なくないんです。
だけど、アメリカで自分自身の経験を伝えたときに目に涙を浮かべながら「ありがとう」って言ってくれる人たちに出会ったんですよ。その後も積極的に質問してくれたり、ハグまでしてくれて。その時、私の話した経験が彼らの中で生き続けるんだなぁと感じました。

 

アメリカで開催した語り部
※アメリカで阿部さん自身の被災経験を語った時の写真

 

 

「ただいま」と言える場所

梅木:帰国後、プロジェクトMの活動はどうなったのですか?

阿部:プロジェクトMの活動は今年の2月に開催した2泊3日の南三陸ツアーを境に一旦休止しています。

梅木:なるほど、プロジェクトMのメンバーの方はもう卒業されてますよね…気になったのですがプロジェクトMを廃止ではなく休止なのですね。

阿部:そうです。というのもプロジェクトMのコアメンバーの二人が宮城を中心に活動してくれることになったんです。一人は林業家として働いています。もう一人は南三陸町にツアーで来られる方へ向けてのワークショップを作る研修コーディネーターを務めています。

梅木:地元に頼れる友人がいるっていいですよね。

阿部:本当にそう思います。彼らがいてくれるからこそ、戻る場所があるっていうか。彼らがきっと街を支えてくれると思うと本当に心強いんですよ。学生の時、私たちができなかったことや学生だからこそできたこと、とかすごく話をしたいです。
大体、就職先って被災した地域外を選ぶのが普通だと思うんです。だから私より先に卒業していく彼らを見て「あぁこのままプロジェクトMが終わっていくのかな」っていう寂しさもありました。だからこそ彼らが残ってくれて三陸町で活動してくれるのは本当に嬉しいです。

 

プロジェクトMコアメンバーとの集合写真
※プロジェクトMコアメンバーとの集合写真
 

 

梅木:すごく深い絆を感じますね。今、阿部さんはどんな活動をしていますか?

阿部:私は教員免許を取得して地元の宮城県、もしくは千葉県で教員になりたいと考えています。元々人の世話をするのが性に合っていることや、自分の被災経験を日本の将来を担う世代に伝えることに魅力を感じています。そして、彼らが世界に羽を伸ばしていけるように英語を教えたいです。

梅木:阿部さんとお話していてすごく人が良さそうだと感じます。今は地域での活動は休止されておられるのですか?

阿部:いえ、プロジェクトMの一緒に活動した団体さんと一緒に活動しています。ツアーで語り部の活動を行ったり、南三陸町の伝統芸能“行山流水戸辺鹿子躍”のPRにも力を入れています。
実は先ほど話に出た私の仲間の一人が行山流水戸辺鹿子躍のPRや継承に力を入れているんですよ。すごくカッコいいので是非見てほしいです!

梅木:プロジェクトMを休止しても続くご縁にすごく温かさを感じます。行山流水戸辺鹿子躍も勿論ですが、それと同じくらい阿部さんや他のメンバーの方と一度会ってお話してみたいですね。

阿部:是非。お越しください!

梅木: 本日は貴重なお話ありがとうございました!年内に必ず三陸町に行きます。

阿部:こちらこそ、ありがとうございました!

 


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