第84回とまりぎインタビュー:飯島春貴さん(前編)【愛とフィリピンとココナッツオイル、次の世代が活躍できる場を創る】

2021年10月27日

トビタテ留学JAPAN5期生、スウェーデン帰りのよさこいガールこと福永夏輝です!トビタテ事務局のインターン生として、トビタテ学習プラットフォームと全国とまりぎのつなぎ役、またトビタテ生のインタビュー記事作成に取り組んでいきます。

記念すべき第1号としてインタビューをお願いしたのはトビタテ11期フィリピンのココナッツオイルお兄さんこと、飯島春貴さん。

2019年8月〜2020年2月までフィリピンのレイテ島サントニーニョ村でココナッツオイルの現地生産とそのココナッツオイルを用いた石鹸の製造をするべく奮闘。

彼はなぜフィリピンへ飛び立ったのか?なぜココナッツオイルへの情熱を燃やすのか?そのきっかけと原動力、そして現在の活動について解き明かしていきます。

トビタテ11期生 新興国コース・活動地:フィリピン レイテ島(主に南部)
大学:東洋大学 社会学部 社会文化システム学科 生きている限り、幸せと巡り合うことができると信じてます。一方気持ちは常に「自分がなんとかするっきゃない🔥!」笑

トビタテ一期生の先輩から想いを引き継ぐ

福永:まさか地元北本市にトビタテ生がいると思わず、素敵なご縁で嬉しい限りです。早速インタビューを始めていきますが、まず、トビタテに参加する前にどのような活動をしていたのでしょうか?

飯島:まさか北本にトビタテ生がいたなんて…(笑)

トビタテに参加するきっかけにもなったのですが、ISR-ConnAction (以下、ISR)という学生団体で大学一年次より活動していました。

ISR は2013年の台風によって被災したフィリピン・レイテ島南部の漁村にデイケアセンターを建設したことから始まり、持続可能な経済的自立にむけて支援を行なっている学生団体です。

写真:昨年2019年、ISRが活動当初から関わり合いのある漁村での集合写真

福永:大学一年の時に素敵な出会いがあったんですね。ちなみにISRとはどんなきっかけで出会ったのでしょうか?

飯島:大学の授業にISRで活動をしていたトビタテ一期生の高木一樹さんが登壇してその方の話がすごく面白くて。その授業の後ISRの顧問である教授の元へ「ISR のこともっと教えてください!」と話を聞きに行きました。

福永:そこからISRでの活動をスタートし、ココナッツお兄さんへの道を歩みだした、と。

飯島:はい、ただ最初はISRで活動しているメンバーが女子しかいなかったり、ミーティングの内容が高度すぎてついていけなかったり苦労しました(笑)

活動からふくらむフィリピン・レイテ島への想い

福永:ISRの活動を開始してから実際にフィリピンへ訪問したのはいつでしょうか?

飯島:初めてフィリピンに行ったのは大学2年の夏ですね。念願の男子メンバーが3人加わって、男子4人・女子6人でフィリピンのレイテ島で2週間の共同生活をしました。

写真:渡航直前にISRメンバーとして増えた後輩男子と車の荷台に…

福永:初フィリピンの感想は…?

飯島:初フィリピンでは活動についていくことがすごく大変で、計画のもと先輩たちからの指示を聞いて実行するという元からある計画を回すことだけで精一杯でした。

そもそも日常生活が井戸から水を汲むなど日本の生活とは異なっていたのですが、そんな中でメンバーと2週間過ごすことで今まで話してことなかったメンバーとも厚い信頼関係が生まれましたね。

写真:第二次世界大戦下、日米豪のレイテ沖海戦で知られるレイテ島。自然と人が共存する静かだが活気のある場所

ISRの活動拠点であるデイケアセンターで寝泊りをして、日々現地での活動を重ねていったのですが、ある時「今の自分たちってお客さん感覚になってしまっているよね」ということに気がつきました。村の子供たちとは遊んだりするけど、大人たちとはあまり話すことができていなくて、お互いの距離が縮まっていなかったんです。

福永:初フィリピン訪問での経験や学びが次のフィリピンでの活動に繋がっていくんですね。

飯島:はい、初フィリピンを含めて、かれこれ5回フィリピン訪問しています。大学生活はフィリピン一色でしたね(笑)

実はフィリピン以外に、インドネシアにも行ってました(笑)2018年、大学3年次の夏はフィリピン渡航する前に、1週間現地の友人とインドネシアのジャカルタにRide sharing の調査をしにいきました。フィリピンでGrabというRide sharingの文化にカルチャーショックを受け「言語が完璧に通じるわけでもないのに、安全で便利なサービスがあるんや!」と。

写真:インドネシアの首都ジャカルタ。文化、宗教の異なる人々が共存するホットスポット。正面には教会、180°回るとモスク。

ジャカルタでGrabのサービスを利用して、運転手さんを捕まえ「よかったらドリンクをご馳走するのでカフェでGrabについてお話聞けせてくれませんか?」―と独自の調査をしました。

福永:新手のナンパスタイルを敢行したんですね(笑)

飯島:かれこれ10人くらいから話を聞くことができましたね。調査を進める中でスマホ一台と運転スキルがあれば始められるので、貧困層の人でも始めやすいビジネスであること、Grabの運転手として働くことで日本の新卒くらいの給料をもらえることなどがわかり、特に今まで見えてこなかった新たな中間層の人たちの実態が見えるようになってきました。

写真:インドネシア大学前駅にたむろしているバイタク運転手に突撃インタビュー

現地に収入を、フィリピンでココナッツオイルの生産・石鹸製造の修羅の道

福永:フィリピン以外にも自分の興味を持ったことに対して自ら飛び込み調査をしてしまう、そんな素晴らしい行動力の持ち主の飯島さんですが、留学中のトビタテ活動内容はどのようなものだったのでしょうか?

飯島:トビタテの活動として、フィリピンでココナッツオイルを生産し、そのココナッツオイルを使って日本で石鹸の製造・販売することで現地に収入を生み出すことを計画していました。

もともと自分が所属していたISRの活動の中でココナッツオイル石鹸プロジェクトの話はサークルの中にずっとありました。

でも、活動拠点であった漁村ではココナッツオイルを作る場所が見つからない、栽培する場所の安全性が確保できていない、そもそも現地の人はココナッツを作ることがお金になることも知らないなど課題が山積みで進んでいなかったんですね。

写真:ココナッツ削る村人。オイルだけでなく、コプラ・ジュース・火種として利用されるココナッツの可能性はまだまだ未知数。

けれどもセブ島で購入したココナッツオイルを日本で繋がりのあった化粧品メーカーの方に渡したら、自分たちが作るより先行してココナッツオイルの石鹸を作ってしまい、ココナッツオイル石鹸プロジェクトが日本国内で一人歩きしてしまう結果に。

福永:セブのお土産がまさかそんな急展開につながるとは…

飯島:そんな中、2018年フィリピン渡航時に片道6時間かけてココナッツを管轄する「ココナッツ省」に飛び込みで話を聞きにいったり、ココナッツオイル生産の候補地が見つかったりするなど話がどんどん進んで行ったんですね。

それで、ここまできたら誰かがやるしかないでしょう、と(笑)フィリピンに来てくれていたOGの先輩たちと「ココナッツどうするよ」みたいな話を毎晩して、毎日いろんなところを訪問して話を聞きに行きましたね。

偶然出会ったサントニーニョの村人の方から「漁村の近くに山の中にサントニーニョ村という農村があるからそこに行ってみたらいいんじゃないか」と話をきいて、学生団体の顧問の教授に選ばれた選抜メンバーたちで現地調査に出かけたんですね。

福永:ココナッツオイル石鹸プロジェクトがどんどん加速していったんですね!

飯島:はい、ただその時僕は現地調査メンバーに入れてもらえなくて、デイケアセンターでお留守番組だったんです。それが本当に、本当に悔しくてやる気に火がつきましたね。

写真:〜後日談〜 先生「あなたをあの時連れて行かなくってよかったわ笑」飯島「本当ですね…。(メラメラ)」

福永:それはもしかしたら教授が飯島さんのやる気に火をつけるための作戦だったのかもしれませんね(笑)

飯島:結局、僕が初めてサントニーニョ村に訪れたのはトビタテの前の2019年の春でした。トビタテに受かっても受からなくても夏から訪問しようということは決めていたのですが、晴れてトビタテに合格し2019年8月からサントニーニョ村でココナッツオイルの生産プロジェクトに着手しました。

▶︎飯島さんインタビュー後編に続く…