第105回とまりぎインタビュー:1期 井上琢斗さん(後編)【徳島に井上琢斗あり!研究開発の道から地方で場づくりに挑戦するようになったワケ】

2020年9月29日

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現場を変えることができるのは「現地のリーダー」

福永:トビタテで留学に行く前は研究開発者を志していたところから、現在に至る大きな影響を与えた経験はどのようなものでしたか?

井上:2014年10月に現地入りをして、僕がキャリアを大きく変えるきっかけとなった出来事があったのは留学後半で、それまではとにかく必死にプロジェクトを進めていましたね。

僕の場合受け入れ先から許可を得て特別に海外に飛ばしてもらいましたが、「君に医療現場で何ができるの?自分たちが君を送り出すことでリスクもあるよね」と言われる中、必死に自分でプロジェクトを考えてプレゼンして認めてもらったと言う経緯があったので。

手指衛生遵守率のデータについて説明しているシーン

福永:まさに自分で機会を作って未来を切り開いた、そんなエピソードですよね。

井上:はい、なのでプロジェクトを進めることに全力を注いでいました。1日に手を洗うべき回数のうち何回きちんと手を洗っているのかという指標を手指衛生遵守率と言うのですが、この手指衛生遵守率を改善するよう動いていたのですが、最初の方は全然うまくいかず…。

福永:留学中は壁に当たってなんぼですよね…(笑)この困難をどのように乗り越えたのでしょうか?

井上: 僕がプロジェクトを進めているうちに、その病院の中関わりのあったそれぞれの科から「手伝います」と言ってくれるカンボジアの人たちが出てきてくれました。

それまでは僕が先頭に立って動画を作り講座を開き、実演で医療現場の人に教えていたのですが、院内で協力してくれる人たちと一緒にやるという形式に変わりました。

現地協力者による講座の様子

そのことがプロジェクトを大きくプラスに導いてくれて、僕がその病院に介入する前の手指衛生遵守率が10%くらいだったところから、倍以上の30〜40 %まで改善されました。

黒子として応援する人の近くに居たい

福永:現地の医療現場で実際に働いている方々のサポートが本当に大きかったんですね!

井上:はい、それにこの経験がきっかけで僕の黒子になる対象者の範囲が一気に変わりましたね。

以前は医療機器の研究開発者として医療現場をサポートする人でありたいと思っていたのですが、それでは現場とは遠すぎるのでは?と考えるようになり、介入する人の側にいてあげたいと思うようになりました。

喋るのは現地の人に任せて、自分はあくまでサポートというスタイルは変えず、でも自分がサポートすることでその人が変わっていくのが見えること、例えばカンボジアの国立病院で協力してくれた人たちがリーダーとして成長し、影響力を持って周りからの信頼性が保たれるようになる姿を間近で見ることができて本当に嬉しかったですね。

現地協力者と共同で製作した衛生ポスター

サポートする対象者が遠すぎるとその人の意識が見えない、判断がわからない、でも逆にそばにいれば価値観がわかるし意思決定も見えますよね。自分自身の人生を生きているような人を見るのが嬉しいということなんだと思います。

福永:その人に興味はあるけど、あくまで黒子になりたいということですね。井上さんらしい優しさを感じます。一つ気になることがありまして、井上さんがそこまで黒子にこだわる理由とは…?

井上:他者の人生を尊重したいという想いがあるからだと思います。

自分自身が相手に対して「こうだ!」と言ってやらせることはものすごく気持ち悪くて、そうやって押し付けて意思決定させることはおこがましいのでは?と考えています。なので、幾つもの選択肢がある中で、その人が自分で道を選んだという感覚を持つことが大事だと思っています。

フランスのNGOと協働で実施した手指衛生に関するレクチャー

例えば、お腹をすかせた人が目の前にいて、その人の前に牛丼をドンっと並べるのではなくて、カレー・ラーメンも並べて「さあ、自分で好きなものを選んでね」みたいな感じです(笑)

福永:今の話を聞いていて、カンボジアに留学前からそのような価値観を持っていて、その価値観が留学中の経験を経て言語化されたのでは?と思ったのですが…。

井上:おっしゃる通りです。もともと自分の中にあった価値観が留学を通して言語化され、確信に変わりました。

「自分の人生を生きる」トビタテ生へ贈る言葉

福永:まさにトビタテでの留学経験が”Life changing experience”だったんですね!

 

井上:そうですね、トビタテで留学していなかったらモヤモヤしながら医療機器メーカーで働いていたと思います(笑)

 

福永:カンボジアでの経験を経て、自身の価値観が言語化され確信に変わり、そこから徳島県の観光・インターンシップ教育事業に行き着くまでどのような経緯があったのでしょうか?

井上:大きく分けると2ステップあります。

まず、留学後就職活動を始めたのですが、就活の基準を大きく変えました。一旦医療機器メーカーなどを選択肢から除いて探していたところ「インターンシップコーディネート」という仕事があることを知りました。

挑戦できる舞台を作ることに魅力を感じ、この分野での新事業を起こすことも考えました。ただ卒業まで半年間という短い期間の中で、しかも修論を書きながらだとリスクが高いと思ったため、お給料をもらいながら事業立ち上げに取り組むことができる「地域おこし協力隊」の道を選びました。

高校生と地域住民による体験型観光プログラム造成のプロジェクト

地域で挑戦できる舞台を作るために地域おこし協力隊に参加したものの、ビジネスとしてインターンコーディネートをやるのってなかなか難しいんです。

そんな中、地域おこし協力隊員として担当地域をまわっていくと、僕の中にその地域の魅力が知識として溜まっていき、地域内での繋がりもいっぱいできていきました。

そこから、地域のいいものや新しく始まるものなどそれぞれを切り出してお客さんに案内すれば、観光業に活かせられ、かつインターンシッププロジェクトの立案もできるのではと考えるようになりました。

観光でお客さんを案内すればするほど、地域のことがわかるようになって、プロジェクトも始まって、インターンの場にもなる。このサイクルを回していくために2020年4月2日に僕を含めた3人のメンバーで「AWA―RE(アワレ)」を立ち上げました。

新たな旅行商品をつくるための現地視察

井上:現在はAWA―REを引退し、個人事業主として、宿WAKUWAKU HOUSE MATBAを運営しながら、教育プログラムを作っています。新型コロナウイルスの影響でインターンは開催できないですが、高校の探究活動の支援や少人数フィールドワークのコーディネートなどの教育事業を行っています。

福永:なぜAWA―REを引退したのでしょうか?

井上: 元々3人それぞれに目指す方向があり、その中で観光が共通項としてありました。そこで法人化して観光業を行う中で体力をつけていき、それぞれのタイミングで個々が目指す方向へ行く、ということを決めていたからです。最初からメンバーそれぞれが副業を持っているようなイメージですね。私は観光よりは教育に関心があり、その事業が形になってきたので卒業という形をとりました。

福永:なるほど!メンバーそれぞれが次のステップでの挑戦を仕掛けているということなんですね!井上さんの次の挑戦も応援しています!

元々3人それぞれに目指す方向があり、その中で観光が共通項としてありました。そこで法人化して観光業を行う中で体力をつけていき、それぞれのタイミングで個々が目指す方向へ行く、ということを決めていたからです。最初からメンバーそれぞれが副業を持っているようなイメージですね。

私は観光よりは教育に関心があり、その事業が形になってきたので卒業という形をとりました。

客室の一部 解体から壁塗りなどをワークショップ形式で進めました

福永:最後にトビタテ生へのメッセージをお願いします。

井上; 「自分の人生を生きる」と思っている人が増えればいいなと思っていますので、そのことについて考える時間を持ってくれると嬉しいですね。僕の場合は大学院まで行きましたが、最初に考えていたキャリアから大きく変わっていきました。良いことも大変なことも様々ありますが、自分の人生を生きていると感じるので自分の選択にとても満足しています。

様々な情報が飛び交う時代だからこそ、自分自身を深く見つめること、そして「自分自身の人生を生きているかどうか」を問いかける時間を大事にしてもらいたいです。

宿は鳥のさえずりなどの自然の音しか聞こえない静かな場所にあります。日本三大秘境とも称される地でもあり、表情豊かな自然を楽しむことのできるところです。本当にいいところなので、よかったら遊びに来てください!

WAKUWAKUHOUSE MATBAからの眺め

福永:私もぜひ井上さんのゲストハウスに遊びに行きたいです!!!井上さん、本日はありがとうございました!

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