第142回:~はじめての留学特集 vol.3 ~「世界は留学後にも広がった」櫓乃里花さん
2021.04.19
「海外初チャレンジ枠」で留学したトビタテ生を取り上げて,留学の動機や留学中の話,そして,その後に留学が与えた影響に関して紹介する「はじめての留学特集」。
第3回はニュージーランドに観光防災を学んだ櫓乃里花さん。教育大学に通いながらも,防災という分野で留学しようと思ったきっかけ,留学中の出会い。そして,留学が乃里花さんの将来にどのような影響を与えたのかを聞きました。
【インタビュアー:青山実央(事務局インターン,大学12期)】
目次
今回のトビタテ生紹介
名前:櫓乃里花
トビタテの期・コース:大学11期・奈良市地域人材コース
留学先:ニュージーランド・クライストチャーチ
留学テーマ:観光防災
2020年の4月から2021年3月まで奈良市学生消防団の団員として活動。2020年後期からはトビタテの同窓会組織「とまりぎ」の関西支部コアメンバーとしても活動している。2021年4月からは障がいのある子どもの職業支援や学習支援をおこなう民間企業で働く。
誰でも安全に楽しく観光してほしい
― 留学に行こうと思ったきっかけは何ですか?
英語の勉強をするのが好きで英語の先生になろうと思って,教育大学に入ったんです。学校の先生になるにあたって,海外,特に英語圏で英語を使って生活した経験があった方がいいなと思ったことがきっかけです。
― トビタテで留学しようと思ったきっかけは何ですか?
大学の同期が奈良市地域人材コースで留学していたんです。その様子を見ていて,事前・事後研修やコミュニティがしっかりしていて魅力的な制度だと感じたことが理由の1つです。それに,なるべく両親に負担をかけずに留学したいと考えたときに,自分の力で手に入れられるお金なのかなと思ったこともトビタテで留学するきっかけになりました。
― 防災に興味を持った理由は何ですか?
東日本大震災です。私はその時は関西にいて大きな被害はなかったんですけど,小学生の私にとってはとても怖い経験だったんですよ。大学生になってから,ボランティアで被災地に行く機会も増えて,いつ自分の身におきてもおかしくないなという思いが強くなりました。それで防災の知識を身に着けようと思ったんです。
その中でも,私が住んでいる奈良市は外国人観光客が多いんです。災害が起きたときはそこに住んでいる日本人だけじゃなくて,そういった観光客の方も避難しなきゃいけないんですよ。観光客の方ってその土地のことも知らないし,地震に遭うことも初めての人もいるかもしれないし,そもそも外国人は日本語が分からない人も多いかもしれないんです。「そういう人たちも災害が起きたときに安全に過ごせるようにしたい!」と思って,観光防災というものに特に興味を持ちました。
― ニュージーランドを選んだ理由は何ですか?
元々ニュージーランドに行ってみたいという気持ちがあったんです。それで,調べていたときに,島国であり,地震大国であるという共通点がある国だったということが決め手になりました。ニュージーランドは国の機関として「防災省」というものがあって,地方自治体に国の職員の方が派遣されて,防災に関する業務を行っているんです。国が官庁として設立するくらい防災に力を入れているということも理由です。
それに,東日本大震災の少し前にクライストチャーチで地震があって,日本人の留学生が巻き込まれて亡くなってしまうことがあったということを知りました。それでニューランドがその時自分の学びたいことにあっている国だなと思ったんです。
ニュージーランドのことも学べて,日本のことも伝えられた留学だった。
― ニュージーランドでは何をしていたんですか?
クライストチャーチ市の防災担当の方にインタビュー調査を行いました。ツテもないまま現地に行ったんです。市役所の受付担当の方に協力してもらってメールアドレスを入手したのに,送っても全然返信が来なくて。それで,もう1回市役所に行ったら,今後は「電話したらどう?」って言ってもらえて,恐る恐るかけてみたら出て,その翌日にインタビューをすることができました。結構バタバタな実践活動でしたね。
ただ,自分の中で心残りがあるとするならば,自分が書いた防災計画書とかを防災担当の方に見てもらえなかったことです。留学時期を年末年始に重ねていたので,自治体の機関がお休みになってしまったんです。年末前に会えていたので,何回もお話をききたかったんですけどね。
あとは,観光地に行って標識がどんな風になっているのかとか,防災案内のパンフレットをもらったり,現地の人にインタビュー調査をしたりしました。
「何もしないで,留学から帰ったらヤバい!」っていう気持ちで実践活動をしていました。(笑)
クライストチャーチ市の防災担当の方との写真
― 観光地を周っていた中で日本とクライストチャーチで防災面で違うなと思った点はありますか。
すぐに思いつくことといえば,避難までの過程ですかね。避難所に行く前に集合場所みたいなのがあってそこに集まってからみんなで避難所に移動するみたいです。
でも,ほとんど日本との違いはなかったかもしれないです。そのあたりからも「日本って防災の意識高いんだ!」って思いました。日本を外から見たときの私の最初の発見でした。
― 留学でしか経験できないことってありましたか?
自分の中では日本のことを紹介するアンバサダー活動がうまくいったなと思っています。語学学校で抹茶をたてるイベントをしたり,自分が再現して作った奈良県のお菓子を食べてもらったり,奈良県のクイズをしたりしていました。奈良県のことも知らなくても,3択クイズとかにしたら意外とみんな参加して答えてくれるんですよね。同じ学校の日本人の子が奈良県の場所を間違えていて,奈良県の認知度の低さにショックを受けた経験もしました。(笑)たくさんの人に参加してもらえたし,「楽しかった」という感想ももらえたし,奈良県のことも知ってもらえてとても満足しました!
自分のテーマは防災なんですけど,そのテーマに沿った活動よりも,アンバサダー活動を通して,日本のことをいろんな人に伝えるということが留学中でしかできない経験だったんです。それに,自分も活動をするにあたって日本のことをたくさん調べて,深く知ろうと勉強したことがとてもよかったです。そうやって,調べていくことによって自分も知らなかった日本を発見できましたし,そういう風に日本のことを発表する機会がないと調べなかったので,留学に行ってよかったなと思っています。
トビタテ生だから出会えた人がいた
― 帰国後に始めたことはありますか。
2020年の4月から奈良市の学生消防団に加入しました。留学後に観光案内所に防災の提案に行ったんです。その時になかなか提案を聞いてもらえなくて。それが悔しかったんです。やっぱり,「防災に興味あります!」「防災を勉強しています!」だけではない説得力,根拠のある経歴みたいなものがないと大人の人たちを動かすことはできないと思って,それで加入しました。奈良市管轄の消防団に加入していることで,それなりにやる気のある学生なんだなと思って!
― 学生消防団はどんなことをするんですか?
本来の活動は小学校などを訪問して,防災に関する講演をしたり,防災の啓発活動をしたりするんですけど,あいにくの新型コロナウイルスの影響でできなかったんです。でも,消防署の方に協力してもらって,実際に出動するわけではないんですけど放水訓練や規律訓練をしていました。本格的に訓練をしてもらって,精神を叩き込んでもらえました。(笑)
― 留学が今の乃里花さんにどんな影響を与えましたか?
挑戦しない人になっていたと思います。「留学に行きたいな」となんとなく思ってきたままで,行動しなかったら何事にも挑戦できなくなっていたのかなって。「留学に行きたい!」って思っているのに行かないことは自分の自分に対する期待を裏切っている気がするんですよね。自分の行きたいっていう思いを行動に移せていないことにもなると思うんです。だから,きっと「何とかしたい!」って思ったときに何もしない人になっていたかもしれません。短い留学でも「何かしないと!」って思って活動してきたことも,挑戦するときの勇気に繋がっていると思います。
― トビタテで留学してよかったことはありますか?
トビタテのコミュニティに入れたことですね。自分がトビタテ生として何かを成し遂げたわけではないけど「何かしたい!」「面白いことしたい!」と思っている人たちと「トビタテ生だから」という理由で繋がっていけるんですよ。そこがトビタテコミュニティのすごいところだなって思いました。
留学のなかで自分が得たもので1番大きかったものは「人との繋がり」かなと思っています。ずっと繋がっていきたいなと思う人たちとも出会えたので,もっといろんな人と繋がっていきたいなとも思っています。それだけじゃなくて,人と人を繋げる活動もできたらおもしろいなとも思っていたんです。その時に事後研修でとまりぎの説明を聞いて,自分にピッタリだなと思ってとまりぎコアにもなりました。
トビタテで留学して,ほんとに世界が広がるのは飛び立った後なんだっていう出会いがたくさんありました。
― 教育大学に通っていたのに,先生にならなかったのには理由はあるんですか?
実は教員採用試験を受けていて,受かってはいたんです。でも,子どもと関わる方法は1つじゃないと思うんです。その中で私は先生という形を選ばなかったというだけです。
それにしんどかったんですよね。教育実習に行ったときも他の実習生は21:00とかに帰っているのに,自分は22: 00まで学校に残って授業の準備をしていたんです。その時に「これが現実なんだな。担当の先生は限りなく現実に近い状態を自分に教えてくれているんだ」と思ったんです。これが一生続くのは嫌だなって思ってしまったんですよね。学校の先生になろうと思って教育大学に入ったし,英語の教員としてのキャリアを考えて留学っていう決断をしたんですけど。
それで私はどうして先生になろうと思ったのかなって考えたときに「〇〇先生が好き」「こういう人になりたい!」っていう憧れだけだったのかなって。先生になりたいっていう気持ちをよく考えていなかったんですよね。その人しか見えてなくて,職業として先生を捉えてなかったのかなと思って先生という道は選びませんでした。
4月からは障がいのある子どもたちが勉強したり,遊んだりする場所を提供したり,職業訓練を行ったりする企業で働く予定です。留学テーマでもある防災とも全く関係ないんですよね。
― その会社で働こうと思った決め手は何ですか?
自分の中で「やさしくておもしろい社会」になってほしいなと思っていたからです。障がいと呼ばれるものが障がいではなく個性としてその人の一部として認められるようになって,その子自身も自分も認められるようになって,社会も認められるようになってほしいです。
誰しも得意・不得意があって,それを誰もが補いあえる社会づくりに自分になりにアクションしたいなと思いました。そういった社会づくりの第1歩として,障がいのある子供たちをサポートする職業に就きました。
― 防災に携わる仕事は選ばなかったんですか?
奈良市の消防士の募集条件のなかに女の人は身長が155cm以上っていう規定があるんです。私は身長が149cmしかなくてなれなかったんです。もし,身長が足りていたら,応募していたかもしれないです。なりたいという思いはあったし性格にも合っている気がしていました。さすがに5cmはごまかせなくて,諦めました。(笑)
実際,防災関係に特化している職業って少ないんですよね。どっちかっていうと学校現場で防災を考えるとか,企業の中で防災を考えるとか。各組織でやっていくことや地域のボランティアとかに所属する形が多いかなって思ったんです。
でも,これから就職する会社も子どもたちにも防災教育に力を入れているとおっしゃっていたので,留学の経験や消防団での活動を活かしていきたいです。
― 最後に留学を夢見る学生のみなさんへメッセージをお願いします。
コロナ禍でも留学に行きたいという気持ちを持っている人は多いと思います。でも,こんな世の中でも,結果として,「行った」か「行ってないか」の2つが残るんです。だったら,行った先で何が起こるか分からないけど,「行った」を選んだ方が残るものは多いと思います。少しでも自分の中でやってみたい気持ちがあるのであれば,迷わずに行く方を選んでほしいです。
特に,留学に行く権利を得たのに,様々な要因で行けていない人たちはこのモヤモヤした気持ちをエネルギーにして,留学に行けたときにその力を存分に発揮してほしいです!期待しています!
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