とまりぎ とまりぎ ートビタテ生の拠り所、トビタテ生の和を作るー

第201回:~社会人トビタテ生の留学する前と後特集 vol.3~「子どもと一緒に成長できることが教師の醍醐味」金公希さん

青山実央【事務局インターン,大学12期】

青山実央【事務局インターン,大学12期】

2021.12.01

学生時代にトビタテで留学した社会人を取り上げて,現在のキャリア選択のきっかけや「留学」がその後の人生にどのような影響を与えたのか紹介する「社会人トビタテ生の留学する前と後」特集。
 第3回は多様性人材コースでニュージーランドに留学した金公希さんです。トビタテでの留学後,公立中学校の教員となった金さん。実際に教育現場で働くときに大事にしていること,そして,私立学校の教員へ転職されたきっかけをお聞きしました。
【インタビュアー:青山実央(事務局インターン,大学12期)】

今回のトビタテ生

名前:金公希
トビタテの期・コース:大学3期・多様性人材コース
留学先:ニュージーランド
留学テーマ:社会全体で子どもたちを育てる教育プログラムを作る

 大学4年時にトビタテでの留学を経験し,大学卒業後,大阪市の公立中学校の教員として勤務。現在は静岡県にある私立の中高一貫校に勤務し,特に生徒指導,国際交流の分野に力を入れて活動中。

いろいろなひとが教育に関わる機会を

― 留学される前から,留学経験を将来のキャリアに活かそうと考えていましたか?

 そうですね。大学の4年間を通して,差別問題やいろんな問題を目の当たりにしていくなかで,自分は教育の道に進もうと決意していました。トビタテに応募している傍ら,大阪市の教員採用試験も受けていました。それに,採用試験の合格通知をもらってから,留学しています。
 学習面だけではなく,生徒の人権意識や生徒の自己肯定感の低さなど,いろいろな分野で教育は課題を抱えているなと感じています。一方で,人の可能性を伸ばしたり,社会問題に取り組む力を育成したりするには,教育の機会は大切だと考えていて,教育の可能性を感じています。
 そういう面で,自分にとって教員になることはゴールではありませんでした。社会に一石を投じれたり,人の可能性を伸ばせたりするようなことを自分ができないのかと考えたときに,学校の教員だけではなく,保護者や地域の方など社会全体で子どもたちを育てていくアプローチが必要だと考えていました。
 その上で,教育を語るのであれば,現場を知っておかないといけないんじゃないかなと考えて,誰もが学習する義務教育段階の公立中学校を最初のキャリアに選びました。もちろん,子どもが好きで,教員の仕事って楽しそうだなという理由もありました。

 

― 教員になることをキャリアの1つとして考えていらっしゃったようですが,教育大学や教育学部を卒業されたんですか?

 私は,理工学部数理情報学科を卒業しました。教育系の大学や学部を選ばなかったのは,高校生のときに,スポーツ科学に興味があったからです。第1志望は,スポーツ科学ができる大学でした。結局,第1志望の大学には受からなくて,滑り止めとして受けた数理情報学科には合格しました。スポーツ科学の分野でも,トレーナーのような実技面ではなく,分析の方をしたかったので,最終的に,数理情報学科でもやりたいことができると判断して,そこへ進学しました。
 他にも,総合大学だったら,教育学も勉強できますし,スポーツ科学だけではない,いろいろな分野のことも勉強できると思って進学しました。

 

― 留学してみようと思ったきっかけは何ですか?

 大学受験後に,本屋で,海外の大学に関する本を見つけたことがきっかけです。その本には,海外では偏差値以外の尺度でも大学入試を行っているということが書かれていました。当時の自分は,希望していた大学に受からず,モヤモヤしていました。
 そんなときに,その本の中にある海外大学の入試問題を解いているうちに,「自分の持っている価値観って偏差値だけだ」と思ったんです。もしかしたら,希望していた大学に受からなかったことに対する逃げだったかもしれません。でも,評価されるのが偏差値だけって窮屈だなと思いました。そこから,海外留学というものをイメージしていったんじゃないかなと思います。
 自分は,在日韓国人で韓国にルーツがあり,小学校の途中から,本名で生きていくことになりました。その中で,葛藤もありましたし,自問自答することも多くありました。在日韓国人について学んだり,さまざまな意見を聞いたりしている中で「韓国」という国を意識することもありました。それに,親戚にアメリカの方がいて,アメリカから家に遊びに来ることもありました。今,考えるとそうい理由もあったんじゃないかなと思います。

 

―留学中はどんなことをしていたんですか?

 1ヶ月半の留学で*Waterwise教育を学んでいました。Waterwise教育は水難事故予防をカヌーやヨットなどの指導を通して教えるんです。
 現地では,Waterwise教育専門のインストラクターの講義を受けたり,アシスタントをしたりしていました。訪問した学校の近くの湖で,実際にヨットを転覆させて,事故にあったときにどのように対処したらいいのかということを実演して,子どもたちに教えたり,自然体験活動を通した教育を学んだりしていました。
 1番関心があった点は、Waterwise教育は学校だけではなく,オリンピアンや企業,ボランティア,地域の方の協力を得て教育環境を作っている点です。チームとして,さまざまな立場の方々が,子どもの学びの機会に関わっています。そのようにたくさんの人が協力して授業ができている背景や,理由を知りたかったんです。
 そのために,Waterwise教育に関わっている人たちのモチベーション調査や保護者の関わり度合いについてアンケート調査を行いました。自然体験活動を通じて与える教育的効果の論文は多くあったのですが,自分の視点での研究があまりなかったので,どのようなものなのかということを学ぶ留学をしていました。

 

*Waterwise教育:「水(water)」と「賢い(wise)」の造語であり,子どもたちの水難事故予防を目的にニュージーランドのオークランドを中心に始まったヨットやカヌーに親しみながら,水の安全知識や環境意識を習得するためのプログラム。近年ではヨットやカヌーの仕組みと関連させて理科教育を行ったり,自然環境や環境問題について考えさせたりする学校もある。

 

 

― Waterwise教育を知ったきっかけは何ですか?

 大学時代にライフセービング活動をしていたことがきっかけです。オーストラリアやニュージーランドはライフセービングの先進国として知られていて,水上安全や水難事故の減少を目的としてWaterwise教育が論文などで取りあげられていて,そこで知りました。
 でも,自分はWaterwise教育を運営するときには,地域の方やオリンピアンなどの協力が必須であることに注目しました。地域の方や保護者の方に,教育に関する課題を外からの視点だけで見てもらうのではなく,教育現場に実際に入って当事者意識を持ってもらえるきっかけになるんじゃないかなと思ったんです。

公立学校から私立学校の教員へ

― 帰国後に,公立学校での教員という道以外を考えたことはありますか?

 ニュージーランドにもっといたいなという気持ちもありました。でも,留学中も4月からお世話になる学校とやり取りをしていたので,帰国後は切り替えて,教員で働くことを決意していました。
 起業や,一般企業に勤めることは大学生活のなかでも考えていました。でも,教育に携わるのであれば,義務教育の学校現場を経験しないままでは,教育を語れないなと思っていました。それに,「とりあえず教員になりたい」っていう適当な気持ちで選んでいなくて,「教員になってこういうことしたい」「子どもたちと向き合ってこんなことをしたい」っていう思いがあって,選びました。なので,留学後も,自分の道はブレませんでした。

 

― 大阪市の公立教員を選んだのはなぜですか?

 自分がお世話になった大阪市の教員になりたかったからです。教員採用試験も大阪市しか受けませんでした。採用後は,生野区の中学校で数学教師として勤務していました。生野区は自分の出身地でもあり,さまざまな文化を持った人が集まった温かい地域でした。

卒業文集より

― 公立中学校の教員から私立学校の教員に転職されたのはなぜですか?

 事前研修でお世話になった方に現在の職場の学校長を紹介してもらったことがきっかけです。
 教育現場で実際に働いてみると,モヤモヤすることがたくさんあるんです。「なんでこうしないんだろう」と自分自身で感じたことを深めるために,学内だけではなく,学外にも学びに出かけていました。
 教員2年目の時に,副生徒指導部長という立場になって,3年目には部長になりました。そうしたことをきっかけに,もっと学び続けないといけないとダメだと感じて,学外で交流することが増えました。本を読んで気になる人がいたら,アポ取って会っていたこともありました。そんなときに,紹介で今の職場の学校長に会える機会をもらえました。
 そんな中,パッションしかなかった自分の将来のビジョンを聞いてくださって,「尊敬できる人はいるのか。公立の一部の中だけでは,満足していないはずだ。 Visonを聞いているから,うちでずっと働けとも言わないから,うちの学校に来てみないか」と言ってくれました。自分の夢やVisonを語って,そういう言葉をかけてくれる人のもとで,働いてみたいなと思いました。
 当時の自分は,ロールモデルのような人を見つけることができなかったので,新しい環境でいろいろな人と関わりながら,働くのもいいなとも思いました。もし,公立学校の教員を続けていても,制度の関係で,生徒指導部長や副学年主任以上のポストにつけないともいわれていました。それに,何よりも挑戦してみたいとう気持ちがありました。
 それで,学校を見学させてもらったり,教員の皆さんと食事をしたりしていく中で,考えた結果,今の学校に転職しました。

 

― 公立学校と私立学校で違いを感じることはありますか?

 違いを感じることは多いです。
 勤務学校の文化の差もあると思いますし,在籍する生との考え方も家庭環境も違います。学校運営面でも,プロジェクトの回し方や案の通し方などいろいろな場面で違うように感じます。日々勉強になっています。

 

― 教員生活を通じて,学生時代のイメージと違うと思うことはありますか?

 教員は大変だというイメージがあると思いますが,その点に関しては,大変であるということを覚悟して進みました。なので,イメージと違うなと感じる場面はあまりないです。大変ですが,学生時代から義務教育である中学校の教員になろうと思っていましたし,「生徒指導をしたい」という思いがあったので,続けられています。
 ただ,教員になった時に,指導事案の表面だけを受け取って,教員に「なんでもっとこうしないんだろうと,疑問を感じたり,モヤモヤを感じていたことはありました。
 その度に,先輩教員を捕まえては,話を聞いてもらって,対話を重ねることで相違点などは自分なりに解釈をしていました。たくさん相談に乗っていただいた当時の先輩方には感謝しています。

目の前の子どもたちも成長して,自分も成長している

― どうして生徒指導をしたいと思っていたんですか?

 子どもたちが夢や目標を実現するためのサポートをしたいと思ったからです。
 目の前の生徒の多感な時期に,伴走者として生徒の人生に関わり,大切な時期を共に歩めることができるのは教師の醍醐味だなと思っていました。もちろん,生徒が関わる身近な大人としての責任を果たすことも大前提です。
 自分の思っている生徒指導は,「スカート丈が短いぞ」とか見た目を注意することではなく,「夢や目標,生徒たちのビジョンを共に描いて、将来を一緒に考えていくこと」だと思っています。コーチング的な要素が強いかもしれません。
 ヤンチャな生徒もどんな生徒も根はいい子なんです。学校以外の場所で苦労している反動が,問題行動に現れるという場合もあります。そのエネルギーのベクトルを別方向に向けさせることさえできれば,変われます。その子たちの夢や目標を達成したり,本来なりたい姿を認知させたりすることを助けるのが本来の生徒指導だと思います。
 教員1年目のときは,ルールで決まっていることを守らせなきゃいけないと思っていましたが,同時に疑問は持っていました。この指導は本当に生徒のためになっているのかということは常に考えていました。当たり前を常に疑っていました。
「目の前の子どもたちが成長して,自分も成長していた」
 それは教員生活の中で気がつきました。

 

― 転職された現在も,生徒指導に携わっているのですか?

 今も携わっています。私立学校教員2年目ですが,こちらでも,生徒指導部長をしています。
 前任校の公立学校とは違う問題があって,結構大変です。中高一貫校で前任校に比べて,生徒数も多く,学校文化も,勤務されている方の考えも異なります。その中で新しい生徒指導を作り上げていかないといけません。
 さらにルールを作るだけではなく,今までの当たり前の見直しなど0から考えていることも多いです。今までのシステムをなんでも変えていいわけではなく,時には学校のポリシーや創設者の思い,歴史に沿った改善案を考えていかないといけません。

 

― 働いていて,留学経験が活きていると感じることはありますか?

 今の学校に来てから,高校生コースのトビタテ生を輩出できたことです。結果的に,静岡県内の高校で1番多くのトビタテ生を輩出できたのは,うれしかったです。自分がトビタテで留学したからこそ,トビタテの理念や思い,そして,自分が感じた留学の意味を生徒に伝えることができたんじゃないかなと思います。
 それに,留学したからこそ,固定概念に縛られることなく仕事ができているんじゃないかなと思います。日本の価値観や前に働いていた職場の考え方の全部が正しいというわけではないので,その場に応じて変化することも大切だと思えます。もちろん,変わることに対して,恐怖もあります。そういった環境や価値観の変化を受け入れる耐性は留学のおかげで身に付いたんじゃないかなと思います。

 

― 留学経験以外で学生時代に経験しておいてよかったことはありますか?

 社会人の方と一緒に行ったライフセービング活動は経験してよかったなと思います。活動ももちろんですが,行政の方々や,たくさんの業種の社会人の方との交流を学生のころから経験しておけたことはよかったです。学生のうちから社会人の方にキャリアで気になることを聞いて,自分の将来を考えられました。
 あとは,1人旅です。アメリカやカナダなどの海外にも行きました。日本だと屋久島に行ったり,小豆島でお遍路したりしていました。旅で出会った人と今でも交流があります。それに,出会いや,旅を通じて考えたこと,感じたことは留学を考えたきっかけにもなりましたし,今のキャリアにも繋がっています。大学のときに国内外のいろいろな場所に行っていたので,知らない環境に飛び込む力やコミュニケーション力を養えたんじゃないかなと思います。

 

― 反対に,経験しておけばよかったなと思っていることはありますか?

 語学力をもっとあげておきたかったなと思います。英語も韓国語も得意とはいえません。そういう語学力を鍛えておけば,もっと仕事の幅が広がっていたんじゃないかなと思います。これから努力して,仕事の幅をより広げていきたいと考えています。

 

― 金さんの今後の夢を教えてください。

 将来的には,教師教育にも携わりたいですし,チームを作って,出会った子どもたちが目標や夢を持てるような環境づくりをしていきたいです。その夢に向かって子どもたちが努力し続けられるような教育を提供でしたいと考えています。
 チームにも教員だけではなくて,民間企業で働いている人や地域の方など,幅広い視野を持った方に入ってもらえたらいいなと思っています。コーチングやカウンセリングの力だけではなく,よりたくさんの子どもたちに届けるためにマーケティングの視点が必要になってきたりするかもしれません。自分の思いをより具体化していきながら,同じような志を持っている人と協力して,教育を提供できたらいいなと思っています。

卒業生からの贈り物やメッセージ

― 最後に,学生時代の自分にメッセージを送るとしたら,どんな言葉をかけますか?

 自信をもっていいよ。間違っていないよ。謙虚にひたむきに頑張り続けろ。
 と声をかけたいです。でも,実際は見守るだけなんじゃないかなと思います。言えるタイミングがあるのであれば,そんな言葉をかけるかもしれません。
 いろいろ迷っていて,誰かに頼りたくなった時期もありましたけど,その当時に一生懸命にやっていたことが,今に繋がっています。
 学生時代の自分に「英語を頑張れよ」とか言いたい気分ですが,振り返ると,いっぱいいっぱいだったんじゃないかなと思います。あの時の自分が100%よかったかと考えると,欠点だらけです。でも,あのときの自分があるからこそ今の自分がいるので,かける言葉は,自分が安心できる言葉しかないです。
 当時うまくいかなかった経験をきっかけに努力を重ねて,足りないスキルを得て、その経験が正解だったといえるように,引き続き頑張りたいと思います。

 

編集後記 ー 教員って勉強を教えるだけ? ー
 「学校は子どもが関わる最初の社会だ」と聞いたことがあります。「学校を社会の縮図だ」と捉えることもできるそうです。そんな学校で教えていることは勉強だけでしょうか?
金さんは「生徒指導をしたい」とおっしゃっていました。なぜだろうと思っていましたが,「生徒指導を子どもが夢を叶える助け」だと思っている金さんの話を聞いて,どこか腑に落ちた気がします。
夢があると,前向きな気持ちになれる。でも,夢の見つけ方を知らない子どももいる。そんな子どもと一緒に将来の夢を追いかけて,学校を卒業しても,自分で生きていける子どもに成長させることも,教員の仕事だとインタビューを通じて感じました。
次回は博士課程を休学して,農家になったトビタテ生のキャリアを紹介します。

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