とまりぎ とまりぎ ートビタテ生の拠り所、トビタテ生の和を作るー

第210回:~社会人トビタテ生の留学する前と後特集 vol.7~「ちょっと頑張るくらいがちょうどいい」小仲美奈さん

青山実央【事務局インターン,大学12期】

青山実央【事務局インターン,大学12期】

2022.01.18

 学生時代にトビタテで留学した社会人を取り上げて,現在のキャリア選択のきっかけや「留学」がその後の人生にどのような影響を与えたのか紹介する「社会人トビタテ生の留学する前と後」特集。
 第7回は理系,複合・融合系人材コースでオランダとドイツに留学した小仲美奈さんです。月探査機に名前をつけたことをきっかけに宇宙に興味を持った小仲さん。そんな小仲さんが就職先として選んだのは,JAXA(宇宙航空研究開発機構)でした。宇宙に関わり続けている小仲さんがJAXAを辞めて,パリで博士号を取ろうとおもったきっかけ,JAXAでの仕事などをお聞きしました。
【インタビュアー:青山実央(事務局インターン,大学12期)】

今回のトビタテ生

名前:小仲美奈
トビタテの期・コース:大学8期・理系,複合・融合系人材コース(未来テクノロジー人材枠)
留学先:オランダ・ドイツ
留学テーマ:国際宇宙大学留学とドイツで人工衛星開発

大学院生のときに,オランダとドイツへ留学。大学を早期卒業した期間を利用して,国際宇宙大学でのインターンなどを経験。その後,JAXAにシステムエンジニアとして人工衛星の開発に関わる。2021年9月にJAXAを退職し,天文学の博士課程を取るためにパリへ渡る。

私も「かぐや」の行った月に行きたい

― 留学前はどんなキャリアプランを考えていましたか?

 10歳くらいのときから,宇宙飛行士になりたいと思っていました。
 宇宙飛行士になろうと思ったきっかけは,*月周回衛星の名前をつけたことです。JAXAが駅で名前を公募しているのをたまたま見つけて「月といえば,かぐやでしょ!」と思い,「かぐや」と応募しました。そのときまでは宇宙は遠い存在だと思っていたんですけど,命名の証としてバッジなどをもらって「こんなことが自分に起きるんだ」と思いました。そこから「私も『かぐや』の行った月に行きたい」と思うようになりました。
 そこから,宇宙に行くのはどうしたらいいのかということを真剣に考えるようになりました。宇宙飛行士になるには,狭い空間で他の国の方とコミュニケーションを取るために英語を話せるようにならないといけないと思っていたので,海外に行く機会を増やしました。
 トビタテで留学したときは,3回目の留学で,高校時代にアメリカに1年間留学したり,大学に入学してからも,交換留学でカリフォルニアに行ったりしていました。
 私が宇宙関係に興味を持った際は宇宙飛行士の募集がなかったので,宇宙飛行士になれるまでは宇宙関係の仕事をしていたいと思い,人工衛星に関わる研究や就職先を選びました。

*月周回衛星「かぐや」:2007年9月14日に打ち上げられた月探査機。主な目的は、月の起源と進化の解明のための科学データを取得することと,月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を行うこと。現在は運用を終了している。

 

― 人工衛星や宇宙に関係した研究ができる大学があるんですね

 そうですね。航空宇宙工学科というところに所属していました。学部生のときは月探査機の車輪のタイヤの設計をしていました。
 一括りに宇宙の研究といっても力を入れている分野は日本やアメリカ,ヨーロッパでは全然違うんです。私は,トビタテへの応募前にはアメリカへの留学を経験していました。なので,トビタテでの留学はヨーロッパに行こうと決めました。

 

― どんな留学をされていたんですか?

 オランダに2ヶ月間,ドイツに6ヶ月間滞在していました。
 オランダでは,国際宇宙大学が主催しているプログラムに参加していました。40か国約150人の20歳から60歳くらいまでの人たちと一緒に宇宙に関する法律,科学,医学,アートに至るまで様々な知識を学んでいました。プログラムに参加している方も優秀な方たちばかりでしたし,宇宙飛行士の方がキャンパス内に常にいることもあって,すごく刺激的な体験でした。そこで,宇宙業界の全体像を多角的に学べたんじゃないかと思います。
 最初の3週間ではレクチャーがメインで,そのあとの3週間はワークショップを行い,最後の3週間はチームプロジェクトをしていました。朝から晩までスケジュールが詰まっているような環境だったので,プログラムの全てをスケジュールの中でこなすことは優秀な方でも難しいようでした。そのようなできないことが積み重なって,ストレスが溜まる環境で自分とどのように向き合うのかということもこのプロジェクト中では試されていると思いました。
 ドイツでは,ベルリン工科大学の研究所で人工衛星の研究をしていました。そこの研究室はエンジニアが多く雇われていて,日本の大学の研究室との環境の違いを感じました。日本にいるときは*人工流れ星のための人工衛星の熱設計を研究をしていたので,その研究を応用していました。具体的には,35kgくらいの小型サイズで,量子工学機器を宇宙に飛ばす人工衛星の研究をしていました。将来的にGPSに使用されている原子時計をより正確にするための実験です。

*人工流れ星:宇宙空間にある直径1mmから数cm程度のチリの粒が地球の大気圏に突入,衝突して気化し,大気の成分と混ざり合って光を放つ現象である流れ星を人工的に再現するもの。

国際宇宙大学のプログラムの修了式

ベルリン工科大学での様子

― そんなに小さな人工衛星があるのは驚きました。

 はい。そうなんです。10年くらい前から,ベンチャー企業や大学を中心に手のひらサイズの「Cubesat」と呼ばれる人工衛星の研究が進んでいます。コストも安くて,すぐに実験できるところが「Cubesat」の利点です。打ち上げるときも大きい人工衛星と一緒に打ち上げてもらうことが可能ですし,宇宙ステーションにいる宇宙飛行士の方が窓から飛ばすこともできます。

自分だけの強みがほしい

― 留学後に,日本の宇宙開発に関する見方の変化はありましたか?

  留学前は日本から見た宇宙開発や人工衛星の研究に携わっていたので,アメリカやロシアが進んでいるのかなと思っていましたし,日本もそれらの国に追いつけるほどの技術レベルを持っていると思っていました。
 でも,実際にヨーロッパの研究所で人工衛星や宇宙の研究に関わってみると,私が想像していたほど日本の存在感はなくて,中国やイスラエル,インドなどが意識されているということを知りました。
 そこから,日本の宇宙開発に対して少し危機感を覚えました。

 

― 留学後に,キャリアに対する変化はありましたか?

 留学の中でも特にオランダの国際宇宙大学のプログラムは私の中のキャリアに対する考え方を変えました。すごく忙しいプログラムで,国籍も年齢も全然違う人が一緒に参加しているということもあり,衝突が起きたこともありました。睡眠不足になる環境でしたが,私は楽しいと感じて,こういうところで働きたいと思いました。

 

― 楽しいと思えた理由は何ですか?

 ロールモデルとなる女性の方にたくさん出会えたからだと思います。
 留学した当時,私は22歳で,国際宇宙大学のプログラムの中でも最年少の1人でした。皆さん,29歳くらいだったのですが,既に自分の出身ではない国に3年以上滞在した経験があったり,母国語や英語以外の言語も話せていたりして,すごく刺激になる方ばかりでした。博士課程にいる方や作家をしている方など職業や肩書も様々でした。そんな方を見て「かっこいい」と思ったんです。
 その方たちの影響で私は今,フランスにいるんじゃないかなと思います。私も1年とかじゃなくて3年くらい海外に住んで,英語以外の言語も話せるようになったらいいなと思っていました。

 

― JAXAを最初のキャリアに選んだ決め手は何ですか?

 宇宙業界に関わり続けていたいという思いがずっとあったからだと思います。
 大学に入ってから,いろいろな世界を見てみて,宇宙だけが選択肢じゃなかったと気づきました。それで,自動車業界やコンサル業界も就職先の選択肢に入れていたんですが,やっぱり宇宙にしか興味が持てませんでした。
 大学の規定でJAXAを受けるのであれば,他の研究機関や企業を受けることができなかったんです。もし,JAXAに落ちてしまったら就職先がなくなってしまうので,アメリカの大学で博士課程でも取ろうかなと思っていました。それくらい宇宙に携わることをしたいと思っていました。
 本当は新卒でアメリカやヨーロッパの研究機関で働きたいという思いもありました。でも,海外の研究機関に応募すると,日本人であることや日本の大学を卒業していることを理由に書類の段階で落とされてしまうんです。それで,色々考えた結果,JAXAに行くことに決めました。

 

― 国籍や卒業した大学で書類選考で落ちてしまうこともあるんですね。

  宇宙産業は国家プロジェクトとして行われていることが多く,自国以外の人を雇わないことが多いです。それは,アメリカやヨーロッパに限らず,日本でも同じです。
 そういう制約を突破する方法の1つとして,博士号を持つことがあげられると思います。なので,私も博士号を取ろうと思いました。国籍にとらわれずに,行きたいところで宇宙の研究ができるようにするためには博士号が必要だと思いました。

 

― JAXAではどんなお仕事をされていたんですか?

 システムエンジニアとして人工衛星の機械系と,ロケットとのインターフェースなどを担当していました。
 学生時代は人工衛星の熱部分を担当していたんですが,JAXAでは上司の勧めもあって,通信分野や電気系統などの人工衛星に関わるさまざまな分野の仕組みを学ぶことができました。
 その経験は,今フランスで研究しているときも役に立っているなと思います。人工衛星にとって必要なものは何か,どんなことを優先するべきか考えていた経験は研究に活きています。
 JAXAでシステムエンジニアをする前は,人工衛星のことを分かったつもりでいました。限られた設備空間の中でどんな技術をどのくらい搭載するのか,こういうことをやりたいけど,他との折り合いをつけるのが難しいことがあるなど,より全体を深く理解できたと思います。
 JAXAに入ることでできた1番大きな経験は,「国の機関」としての役割を実感できたことだと思います。マネジメントがメインで,国として,今後どのように日本の宇宙開発事業を進めていくのか考えることが多かったです。
 また,JAXAでやっていたシステムエンジニアは私がもっといろいろな経験をしてスキルアップしたら,もう1度やりたいと思っています。すごく自分にあっているなと感じました。1つのことだけではなく,たくさんの分野に関わることができるので,好奇心旺盛な私には向いています。しかし,26歳の今は,自分だけの強みがほしいと思ったので,博士課程に進もうと思いました。

JAXAでの1枚

― 実際にJAXAで働いてみて,学生時代のイメージと違うと思った経験はありますか?

 憧れってなんだかモヤモヤしていませんか?学生時代に思っていたJAXAもモヤモヤしていて,あまり具体的なイメージがありませんでした。
 でも,いろんな意味でイメージしていた通りだったと思います。世界と渡り歩けるくらいの技術力があって,優秀な研究者たちが集まっている機関でした。

 

― 宇宙飛行士になることを目標にしていらっしゃったようですが,現在も目指していますか?

 もちろん,今も目指しています!13年宇宙飛行士の募集がなかったんです。また、宇宙飛行士になる有利な方法などは特にありません。なので,宇宙に関わる仕事をしながら,募集が始まるのを待っていようと思っていました。今回宇宙飛行士の募集があったので,応募します。

常に知識をアップデートしながら,自分のスキルを還元できる場所にいたい 

― フランスで博士課程に進学しようと思ったのはなぜですか?

 たくさんのことにチャレンジできるのは20代の間だけなんじゃないかなと思ったからです。JAXAでやっていた仕事も大好きでしたけど,正規留学で海外に挑戦できるのは今が最後だと思いました。今,私は26歳で,博士課程を卒業するのは28歳のときです。20代のうちに博士課程を終えて,選択肢を広げてから,自分のしたいことを見つけたいなと思って,フランスでの博士課程進学を決めました。
 また,コロナ禍になって,気軽に海外に行けなくなってしまったことも大きいかもしれません。自分の知らない言語を話している国で生活する感覚がすごく恋しくなったんです。日本にいると言語や文化など分かる部分が大きくて,刺激が少ないなと思っていました。でも,日本は大好きなので,海外で得た知識やコネクションで将来、日本に貢献しようと思っています。
 あとは,トビタテコミュニティの影響も大きいと思います。
 トビタテ生って社会人になってから海外の博士課程に進学する人が多いじゃないですか。Facebookのタイムラインとかで「海外の博士課程に進学します」っていう投稿が流れてくるとドキッとするんです。私のやりたいことをもうやっている人がいるんだって。そういう風に刺激をもらえるコミュニティがあるからこそ,私のやりたいことに踏み切れたんじゃないかなと思います。

 

― フランスを選んだ理由は何ですか?

 実は,私にも明確な理由は分からないんです。JAXAに入る前の9ヶ月間,時間があったので,フランスの国際宇宙大学でインターンをしていたんです。そのときに,フランスの働き方がいいなと思ったのと,人柄に惹かれたんじゃないかなと思っています。メリハリのある働き方で,頑張るときは頑張るという雰囲気でした。そんな,やるときはきちんとやって成果を出すっていう生き方を学びたいと思いました。

 

― フランスではどんなことをされているんですか?

 天文台で働きながら,博士課程で学修しています。博士課程は,大学で授業を受けるわけではなくてひたすら研究をしています。
 フランスでは,博士課程は職業と認識されていて,社会人ではあるけど,学生という肩書をもらえます。学生と研究員の中間というイメージだと思います。
 研究内容は天文学で,今まで専攻していた航空宇宙工学とは似ているようで全然違うことを行っています。さらに詳しく説明すると,天文学系の人工衛星を作る研究をしていて,私が今までやっていた人工衛星の研究を半分,新しく学ぶ天文学を半分といった感じです。教授が天文学者で,研究対象の星を観測するための人工衛星を作っているので,星についても理解しないといけません。また,*偏光分光器を打ち上げるので,分光器の仕組みも知らないといけません。新しいことを学びながら,自分の経験を活かせる環境です。

*偏光分光器:波長の順番に並んだ帯状の光の像を観察,測定する装置。

 

― 日本で博士課程に進学することは考えなかったんですか?

 全然考えていませんでした。
 日本の博士課程に進学すると,社会人から学生になってしまうので,資金面でも厳しいなと感じていました。それに,海外で就職先を探す際に博士課程で海外に行く方が有利だと思ったんです。学生という肩書も得られるので,生活面でも有利ですし,お給料ももらえるというところに魅力を感じました。
 私の夢が海外で1年以上生活することだったんです。いつも交換留学などで1年ほどで帰国してしまっていたので,博士課程に進学したら3年間は海外で生活できると思って,海外進学にしました。

 

― JAXAでの経験とフランスで博士課程を取っている中で,留学経験が活きているなと感じる場面はありますか?

  たくさんあります!自分がアウトサイダーであることに対して焦らなかったとき,留学経験が活きているなと思いました。フランス人はフランス語で話し出すことが多いんです。そういう場面に遭遇しても,気にならなくなりました。アウトサイダーであることをコンプレックスに感じるのではなくて,そんな環境も楽しむためにここにいると思えています。
 ドイツに行ったときに,自分の分からない言語で会話している人が周りにいる経験をしているので,周りがフランス語でたくさん話していても,別に私のことを置いていきたいわけではなくて,話しやすいからフランス語で話しているだけなんだと捉えることができています。
 あとは,私の中でオンオフの切り替えをはっきりできるようになったんじゃないかなと思います。留学中って,自分から交友関係を広げに行ったり,アクションを起こしたりして割と精神力と体力を使うんです。特に,オランダにいたときは,過密スケジュールを過ごしていたので,休みの日は1人で1日寝て過ごすということもありました。なので,疲れてしまったり、頑張れないと感じたときは,1人でゆっくり過ごすことも大事だということも過去の留学経験から学びました。頑張れるときは頑張って,頑張れないときは無理をしないっていうバランスを取りながら生活できているんじゃないかなと思います。

 

― 留学経験以外で,学生のうちにやっておいてよかった経験はありますか?

 インターンにたくさん参加しておいてよかったなと思っています。
 インターンって期限付きで,いろいろな職業を体験できるじゃないですか。JAXAに入るまで9ヶ月間で,海外インターンに応募してシンガポールやオーストラリア,フィリピンに行ったり,南米へバックパック旅行していました。
 日本のインターンは1週間くらいの短期間のものが多いと思いますが,短期でも参加しておいた方がいいと思っています。説明会やHPだけでは分からないその会社や業界の魅力も知れますし,自分の希望業界以外の世界を知ったうえで就職すると,仕事をする上での視野やものの考え方が広くなると思います。

 

― 今後,実現したいことはなんですか?

 宇宙開発の最先端スキルを持って国籍にとらわれずに働ける研究者になりたいです。でも,日本人としての誇りは常に持ち続けたいです。
 また,宇宙飛行士になって,宇宙で実験したいです。私にとって宇宙飛行士は国の代表であり,医師やアーティストやサイエンスコミュニケーター,法律家の面も持っています。そんな風にたくさんのことができる環境に身を置いてみたいと思っています。
 もし,宇宙飛行士としてではなくても,世界中のどこにいても宇宙に関わっている仕事をし続けていたいです。国連宇宙部で働いてみたり,宇宙の知識が活かせるような海洋学の勉強をしたり,常に自分の知識をアップデートしながら,その知識を還元できる場に身を置いていたいと思います。

 

― 学生時代の自分にメッセージを送るとしたら,どんな言葉をかけますか?

 自分が頑張れる範囲で,もっといろいろな世界に挑戦してほしい。

 と伝えたいです。
 振り返ってみても,十分かなと思うくらいたくさんのことに挑戦していました。バランスが大事ですが,少し頑張りすぎるくらいがちょうどいいんじゃないかなと思っています。やらなくてよかったと思っていることはなくて,やってよかったと思うことの方が多いので,興味のある世界にはどんどん飛び込んでほしいと思います。

 

編集後記 ー 夢を持ち続けること ー
 小さいころから,「将来の夢はなんですか」と聞かれることが多いですよね。
私はその場その場で思いついた職業を言っていたタイプです。今回,インタビューを受けてくださった小仲さんは10歳のころから「宇宙飛行士になりたい」と思い続けて,宇宙に関わってきていました。
その夢を軸に常に高みを目指している小仲さんは,かっこいい女性だと思いましたし,夢を持ち続けることは生きていく力になるのだと感じました。自分には届かないと思ってしまうこともあるかもしれませんが,そんな夢に向かって頑張ることやその過程も大事なのではないかと感じました。
次回は,シンガポールに留学をして,学校の教員をしているトビタテ生のキャリアを紹介します。

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